医療保険の始まりはいつから?歴史について

2019.08.15 更新
医療保険制度の始まりはいつ?

国民のすべてが加入する決まりになっている医療保険。そんな医療保険も制度が始まったころは全員が加入する仕組みではありませんでした。

では、なぜ今のような国民のすべてが加入するような仕組みになったのか。また、なぜ医療保険制度が必要になったのか。この記事では医療保険制度の始まりについて簡単に説明していきます。
学生向けの教科書(保険など)については税金や保険を学ぼうを参照。

1922年に健康保険が始まる。

1914年~1918年に起こった第一次世界大戦。この戦争の影響を受け、日本の工業はとても盛り上がり、急速に発展していきました。それと同時に労働者たちの不満が目立ちはじめました
※工業が発展しても労働者の生活の安定をないがしろにしていては社会が不安定になってしまいます。

すると、戦争後の不況もあいまって、労働者の健康と生活の安定をもとめる運動がたくさん起こり始めたのです。この運動がきっかけとなり、1922年に健康保険法がつくられました。
ロシアで大規模な運動(労働者による革命)が起こったことを危機と感じ、日本政府は「労働者の健康と生活を安定させることで革命を阻止し、日本の産業のさらなる成長をはかる」ため、1922年に健康保険法がつくられたのです。

しかし、健康保険法の対象は都市ではたらく労働者たちであり、国民の数からすると加入者はそれほど多くありませんでした。

1938年に国民健康保険が始まる

1929年に起こった世界大恐慌からの回復のために新しい政策をとると、軍事関係の工業がさらなる成長をみせるのですが、農産物をあつかう仕事は減っていきました。

当時、日本の半数は農家であったためこの影響をもろに受け、農民の生活が不安定になり、貧困と病気に苦しむ状態になっていました。

「病気になる→貧困に苦しむ」という問題が発生したのです。

また、日本は戦争のために健康な国民を必要としていました。軍事関係の工業が発展しても国民が病気と貧困で衰弱していてはダメですからね。

このような背景があり、1938年に国民健康保険法ができたのです。

国民健康保険は農民が主な対象でしたが、このときはまだ今のような強制加入の仕組みではなく任意保険でした。

1961年に国民皆保険こくみんかいほけんが達成される。

当初、国民健康保険は強制的に加入させる保険にするつもりだったのですが、このときはまだ任意保険でした。

しかし、農民の生活の安定のためであれ、戦争のためであれ、どちらの効果も高めるには国民健康保険を強制保険にする必要がありました。

それから国保法が1942年に改正され、組合員資格のある者は強制加入が適用されました。

それからも運営が組合から市町村に変更されるなどを経て、健康保険と国民健康保険の加入者は徐々に拡大していき、1961年に国民皆保険こくみんかいほけんが達成されることとなったのです。

それから日本は高度経済成長をむかえる。

国民皆保険こくみんかいほけんといっても最初は現在のような医療保険制度のレベルではありませんでした。

国保は5割負担だったり、保険外の医療もたくさんあったり、「保険医療じゃ十分な治療ができない」という理由で診療を断っていた医者もいたそうです。

しかし、国民皆保険があったおかげで全ての国民に医療が保障されました。

その結果、医療費はものすごい勢いで増加。それをまかなうために保険料が上がるのですが、当時の日本は高度成長だったので国民の所得もどんどん増えていきました。したがって、あまり負担を感じずに医療費をまかなえたのです。

このように、日本の医療保険制度は高度成長とともに発展していったのです。

学生向けの教科書(保険など)については税金や保険を学ぼうを参照。

今回のコラムはここまでです。医療保険の始まりについてなんとなくわかっていただけましたか?

【役に立つページ】
医療保険制度については、医療保険とは?みんな加入するの?を参照。
年金制度の始まりについては、年金制度の始まりは?を参照。
介護保険制度の始まりについては、介護保険の始まりは?を参照。
労災保険制度の始まりについては、労災保険の始まりは?を参照。
雇用保険制度の始まりについては、雇用保険の始まりは?を参照。
税金の始まりについては、税金っていつからあるの?を参照。
社会保障制度の始まりについては、こちらを参照。

医療保険の始まりはいつから?歴史について

医療保険制度の始まりはいつ?

国民のすべてが加入する決まりになっている医療保険。そんな医療保険も制度が始まったころは全員が加入する仕組みではありませんでした。

では、なぜ今のような国民のすべてが加入するような仕組みになったのか。また、なぜ医療保険制度が必要になったのか。この記事では医療保険制度の始まりについて簡単に説明していきます。
学生向けの教科書(保険など)については税金や保険を学ぼうを参照。

1922年に健康保険が始まる。

1914年~1918年に起こった第一次世界大戦。この戦争の影響を受け、日本の工業はとても盛り上がり、急速に発展していきました。それと同時に労働者たちの不満が目立ちはじめました
※工業が発展しても労働者の生活の安定をないがしろにしていては社会が不安定になってしまいます。

すると、戦争後の不況もあいまって、労働者の健康と生活の安定をもとめる運動がたくさん起こり始めたのです。この運動がきっかけとなり、1922年に健康保険法がつくられました。
ロシアで大規模な運動(労働者による革命)が起こったことを危機と感じ、日本政府は「労働者の健康と生活を安定させることで革命を阻止し、日本の産業のさらなる成長をはかる」ため、1922年に健康保険法がつくられたのです。

しかし、健康保険法の対象は都市ではたらく労働者たちであり、国民の数からすると加入者はそれほど多くありませんでした。

1938年に国民健康保険が始まる

1929年に起こった世界大恐慌からの回復のために新しい政策をとると、軍事関係の工業がさらなる成長をみせるのですが、農産物をあつかう仕事は減っていきました。

当時、日本の半数は農家であったためこの影響をもろに受け、農民の生活が不安定になり、貧困と病気に苦しむ状態になっていました。

「病気になる→貧困に苦しむ」という問題が発生したのです。

また、日本は戦争のために健康な国民を必要としていました。軍事関係の工業が発展しても国民が病気と貧困で衰弱していてはダメですからね。

このような背景があり、1938年に国民健康保険法ができたのです。

国民健康保険は農民が主な対象でしたが、このときはまだ今のような強制加入の仕組みではなく任意保険でした。

1961年に国民皆保険こくみんかいほけんが達成される。

当初、国民健康保険は強制的に加入させる保険にするつもりだったのですが、このときはまだ任意保険でした。

しかし、農民の生活の安定のためであれ、戦争のためであれ、どちらの効果も高めるには国民健康保険を強制保険にする必要がありました。

それから国保法が1942年に改正され、組合員資格のある者は強制加入が適用されました。

それからも運営が組合から市町村に変更されるなどを経て、健康保険と国民健康保険の加入者は徐々に拡大していき、1961年に国民皆保険こくみんかいほけんが達成されることとなったのです。

それから日本は高度経済成長をむかえる。

国民皆保険こくみんかいほけんといっても最初は現在のような医療保険制度のレベルではありませんでした。

国保は5割負担だったり、保険外の医療もたくさんあったり、「保険医療じゃ十分な治療ができない」という理由で診療を断っていた医者もいたそうです。

しかし、国民皆保険があったおかげで全ての国民に医療が保障されました。

その結果、医療費はものすごい勢いで増加。それをまかなうために保険料が上がるのですが、当時の日本は高度成長だったので国民の所得もどんどん増えていきました。したがって、あまり負担を感じずに医療費をまかなえたのです。

このように、日本の医療保険制度は高度成長とともに発展していったのです。

学生向けの教科書(保険など)については税金や保険を学ぼうを参照。

今回のコラムはここまでです。医療保険の始まりについてなんとなくわかっていただけましたか?

【役に立つページ】
医療保険制度については、医療保険とは?みんな加入するの?を参照。
年金制度の始まりについては、年金制度の始まりは?を参照。
介護保険制度の始まりについては、介護保険の始まりは?を参照。
労災保険制度の始まりについては、労災保険の始まりは?を参照。
雇用保険制度の始まりについては、雇用保険の始まりは?を参照。
税金の始まりについては、税金っていつからあるの?を参照。
社会保障制度の始まりについては、こちらを参照。