雇用保険の始まりはいつから?歴史について

2019.05.08 更新
雇用保険はなぜ始まったの?

失業者などのための雇用保険。サラリーマンの方などは必ずといっていいほど関わります。

では、そんな雇用保険がいつ始まったのか皆さんは知っていますか?また、なぜ制度が必要になったのか。この記事では雇用保険制度の歴史について簡単に説明していきます。
学生向けの教科書(保険など)については税金や保険を学ぼうを参照。

▶雇用保険についてはこちら

1947年に失業保険がはじまる

戦前の日本には失業者の生活を支えてくれるような保険はありませんでした。

1920年代や1930年代、世界や日本で恐慌が起こって景気が悪くなったときには失業者のための保険の創設を提案したのですが、そのときは制定されませんでした。

そして戦後になると、GHQからの指令の影響を受け、失業保険の制定の検討が開始され、「失業は国家が責任をもって救済する必要がある」という考えでまとまり、1947年に失業保険が創設されました。

高度成長の後期に雇用保険制度の考えが出始める

そして日本の高度成長(1954年~73年)によって急速に変化する社会に対応するために失業保険は何度も改正されるのですが、高度成長の後期になると、失業保険に「雇用促進」「失業予防」事業を付けた「雇用保険制度」を創設することを考えはじめたのです。

このときの雇用の状況には「日本の成長にともなう離職者の発生」「若者の技能系職種の敬遠」「中高年齢の就職難」などの問題が生じていました。

また、「若者が技能系の職を避けるのはそれを訓練して育てる環境がないからであり、このことが中高齢の再就職を難しくさせている」という考えだったため、上記の問題に対処するために失業者のためだけではない雇用保険制度の創設を提案したのです。

1974年に雇用保険制度が創設される。

「失業者のためだけではない雇用保険制度」の創設を提案するのですが、「失業保険は失業者のためのものであり、それ以外は国が支えてくれ」という反対意見がでたため、雇用保険制度の創設は見送られてしまいました。

しかし、1973年のオイルショックにより日本の雇用状況が悪化したこともあり、反対意見は一転し、1974年に雇用保険制度が創設されることとなったのです。なぜ反対意見が一転したのか。

反対意見が一転した理由として、新しく創設される雇用保険には「景気の悪化などにより事業の縮小を余儀なくされ、従業員のために雇用調整をしたときに事業主に給付金が支給される」雇用調整給付金という制度があり、オイルショックによる雇用状況の悪化を阻止するためにはこの制度が必要だったため、反対意見が一転することになったのです。

何かをきっかけに雇用状況は変化する。

以上のように、戦後に創設された失業保険は社会の変化とともに何度も改正されました。

高度成長の後期には失業者のためだけの保険から「雇用促進」「失業予防」を盛り込んだ「雇用保険」が提案されることとなり、一時は反対されるも、「オイルショックによる雇用状況を改善するため」に雇用保険制度は創設されることになりました。

何か(オイルショックなど)をきっかけに雇用状況は変化するため、現在の雇用保険制度も何かをきっかけに大きな変化が起こるかもしれませんね。
学生向けの教科書(保険など)については税金や保険を学ぼうを参照。

今回のコラムはここまでです。雇用保険の始まりについてなんとなくわかっていただけましたか?

【役に立つページ】

雇用保険については、雇用保険とは?保険料は?を参照。
医療保険制度の始まりについては、医療保険の始まりは?を参照。
年金制度の始まりについては、年金制度の始まりは?を参照。
介護保険制度の始まりについては、介護保険の始まりは?を参照。
労災保険制度の始まりについては、労災保険の始まりは?を参照。
税金の始まりについては、税金っていつからあるの?を参照。
社会保障制度の始まりについては、こちらを参照。

雇用保険の始まりはいつから?歴史について

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▶雇用保険についてはこちら

1947年に失業保険がはじまる

戦前の日本には失業者の生活を支えてくれるような保険はありませんでした。

1920年代や1930年代、世界や日本で恐慌が起こって景気が悪くなったときには失業者のための保険の創設を提案したのですが、そのときは制定されませんでした。

そして戦後になると、GHQからの指令の影響を受け、失業保険の制定の検討が開始され、「失業は国家が責任をもって救済する必要がある」という考えでまとまり、1947年に失業保険が創設されました。

高度成長の後期に雇用保険制度の考えが出始める

そして日本の高度成長(1954年~73年)によって急速に変化する社会に対応するために失業保険は何度も改正されるのですが、高度成長の後期になると、失業保険に「雇用促進」「失業予防」事業を付けた「雇用保険制度」を創設することを考えはじめたのです。

このときの雇用の状況には「日本の成長にともなう離職者の発生」「若者の技能系職種の敬遠」「中高年齢の就職難」などの問題が生じていました。

また、「若者が技能系の職を避けるのはそれを訓練して育てる環境がないからであり、このことが中高齢の再就職を難しくさせている」という考えだったため、上記の問題に対処するために失業者のためだけではない雇用保険制度の創設を提案したのです。

1974年に雇用保険制度が創設される。

「失業者のためだけではない雇用保険制度」の創設を提案するのですが、「失業保険は失業者のためのものであり、それ以外は国が支えてくれ」という反対意見がでたため、雇用保険制度の創設は見送られてしまいました。

しかし、1973年のオイルショックにより日本の雇用状況が悪化したこともあり、反対意見は一転し、1974年に雇用保険制度が創設されることとなったのです。なぜ反対意見が一転したのか。

反対意見が一転した理由として、新しく創設される雇用保険には「景気の悪化などにより事業の縮小を余儀なくされ、従業員のために雇用調整をしたときに事業主に給付金が支給される」雇用調整給付金という制度があり、オイルショックによる雇用状況の悪化を阻止するためにはこの制度が必要だったため、反対意見が一転することになったのです。

何かをきっかけに雇用状況は変化する。

以上のように、戦後に創設された失業保険は社会の変化とともに何度も改正されました。

高度成長の後期には失業者のためだけの保険から「雇用促進」「失業予防」を盛り込んだ「雇用保険」が提案されることとなり、一時は反対されるも、「オイルショックによる雇用状況を改善するため」に雇用保険制度は創設されることになりました。

何か(オイルショックなど)をきっかけに雇用状況は変化するため、現在の雇用保険制度も何かをきっかけに大きな変化が起こるかもしれませんね。
学生向けの教科書(保険など)については税金や保険を学ぼうを参照。

今回のコラムはここまでです。雇用保険の始まりについてなんとなくわかっていただけましたか?

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